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第18回定期演奏会 曲目解説

リヒャルト・シュトラウス/歌劇「ばらの騎士」作品59-ワルツ第1番

歌劇「ばらの騎士」は、劇作家のホーフマンスタールと共同で作り上げた、リヒャルト・シュトラウスの代表的なオペラです。18世紀、ウィーン貴族社会にお ける恋愛模様と時の移ろいを描いたこの歌劇は、1911年にドレスデンで初演され大成功を収めました(初演後、各地で繰り返し公演され、ベルリンからドレ スデンへ臨時の特別列車『ばらの騎士』号が運行されたほどであったと言われています)。劇中では、ウィーンを物語の舞台としたホーフマンスタールの台本に ふさわしく、ウィンナー・ワルツがふんだん取り入れられています。
この作品は、「モーツァルト風のオペラ」を目指して作成されました。ストーリー、演出ともにモーツァルトを意識した作りとなっており、オーケストラ・パー トもそれまで追求していた前衛的手法を控え、シュトラウスならではの色彩的な技巧を残しつつも、比較的軽妙で透明な音色を主体としています。作者がモー ツァルトを敬愛していたことはよく知られていますが、50才を目前にした作者が前衛的な音楽を開拓し続けることに対し一旦距離を置き、かつて「偉大なる先 輩」を目標とした自身に立ち返った作品であるとも言えるかもしれません。
本日演奏する「ばらの騎士 ワルツ 第1番」は、1944年シュトラウス本人の手によりオーケストラ演奏用に編集されたものです。原作は全3幕からなり、全てを鑑賞すると3時間に及ぶ長大な 作品ですが、「ワルツ 第1番」はオペラ名場面の中から主要なワルツがメドレーとして編まれており、原作に親しむにはうってつけの曲です。曲冒頭の期待と興奮に満ちたホルンの ファンファーレ、通称『ばらの騎士のワルツ』とよばれるオックス男爵のワルツなど聴き所も多く、オペラを鑑賞したことがない方でも十分に楽しめる作品と なっています。恋愛に浮かれた貴族たちの雰囲気を存分にお楽しみください。

リヒャルト・シュトラウス/4つの最後の歌(1948年)

この作品は、リヒャルト・シュトラウス最晩年の1948年、ソプラノと管弦楽のための歌集として作曲されました。初演は彼の没後となる1950年5月に、 ロンドンのロイヤルアルバートホールで行われました。「春」「九月」「眠りにつくとき」「夕映えの中で」の4曲からなり、うち3曲はヘッセ、最後の1曲は アイヒェンドルフの詩に曲がつけられたものです。4曲はすべて終末と死をテーマとしており、ソプラノの美しく情緒的なメロディーが、死を目前にした静寂と 諦観を歌いあげます。またオーケストラがソリストの歌声と歌詞にしっかりと寄り添い、深遠な情景を表現する、大変難易度の高い作品でもあります。
 リヒャルト・シュトラウス自身が、迫りくるわが人生の終わりを予感していたことは間違いないでしょう。シュトラウスはまずアイヒェンドルフの「夕映えの 中で」の詩にインスピレーションを得て、作曲を始めました。この詩に描かれている、静かな黄昏の中で休息を求める二人の姿に、老いたシュトラウス自身とそ の妻の姿を重ねたのだといわれています。さすらいに疲れ、葛藤や欲求から解放された静かな終息の時が、美しい音楽とともに描かれる素晴らしい一場面です。
 4曲全体を通して伝わってくるのは、死がもたらす陰鬱さだけではありません。むしろ死を間近にし、それを受け入れた者だけが理解しうる美しい自然の光景 と心のやすらぎが、どの曲にも緻密に表現されています。作品全体を取り巻く静かなあきらめの境地においても、それらは随所に輝きを放ち、聴いている私たち に深い感動を与えます。言葉によって生み出された世界が、音楽を通していかに豊かに表現されているかを、演奏を通して皆様にお伝えできれば幸いです。
 美しく静謐なシュトラウスの終末観は、感情の荒波に揉まれつつ今まさに"生きている"人には到達することのできない境地なのかもしれません。しかしこの 作品を通して深い精神世界に触れる試みは、音楽が私たちにもたらす可能性を探るうえで、大変貴重な機会であったと思います。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/交響曲第6番 ヘ長調 作品68「田園」

 交響曲第6番「田園(原題:Pastorale)」は、作曲家38歳の時の作品です。
20代後半から進行した難聴により、ベートーヴェンの耳は30歳頃にはほぼ聞こえなくなっていたと言われています。音楽家としては致命傷とも言えるこの症 状に、彼は絶望感に苛まれ、遺書を認めすらしました(世に言う「ハイリゲンシュタットの遺書」)。しかしこの苦難を強靭な意志の力で乗り越えてからの30 代半ばから40代にかけて、ベートーヴェン「英雄」「運命」「皇帝」「熱情」等数多くの傑作を生み出しています。「田園」もその名作群の中の1つです。
 初演は1808年十二月22日、オーストリア・ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場にて、作曲家自身の指揮により行われました。当日のプログラムはかの 交響曲第5番「運命」(なんとこちらも初演)を含む全7曲、演奏時間は4時間以上に及ぶものだったと伝えられています。暖房も無い寒い歌劇場での長時間に 渡るコンサート、まして「田園」はそれまでの交響曲の常識を破る斬新な作品であったために、初演時の評判は決して芳しくはなかったようです。
 この曲が画期的であった点の1つは、各楽章に作曲者により情景を示唆するような題名が添えられていたことでした。(「田園」という表題も作曲家自身が与 えたものです。なお、「英雄」や「運命」は作曲者以外の手によって付けられた通称であり、ベートーヴェン自身が表題を与えた交響曲は「田園」1曲のみで す。)作曲者が「このようなイメージで聴いてほしい」というタイトルや解説を付したり、鳥の声や風の音といった情景描写を楽曲中に含めたり、あるいは楽曲 自体に何らかのストーリーを持たせるなどして音楽外の想念や心象風景を聴き手に喚起させることを意図した音楽は「標題音楽」と呼ばれます。一方ベートー ヴェン以前の時代の主流は純粋に音楽のみを鑑賞する「絶対音楽」であったため、この題名付きかつふんだんに描写的要素が盛り込まれた「田園」という作品は 当時としてはかなり異色の存在でした。「運命」が音楽史の中で絶対音楽の集大成と位置づけられるのに対し、「田園」は標題音楽というジャンルの先駆けと なった作品であると言われています。当時は戸惑いをもって受け止められたこの標題音楽スタイルは、以降19世紀ロマン派においてむしろ主流となり、ベルリ オーズをはじめ多くの作曲家たちに多大な影響を及ぼしていきました。
 それでは各楽章について、件の標題とともにご紹介します。

第1楽章「田舎に到着したときの晴れやかな気分」 Allegro ma non troppo ヘ長調 2/4拍子
 開放的で親しみやすいメロディーで、都会の喧騒を離れ田舎に着いた時の晴れ晴れした愉快な気分が表現される。楽章全体を通して伸びやかで平和に満ちたものとなっている。

第2楽章「小川のほとりの情景」 Andante molto mosso 変ロ長調 12/8拍子
 楽章を通して流麗で優美な小川のせせらぎの音が弦楽器により奏でられ、終結部では鳥の鳴き声が木管楽器で描写される。フルートはナイチンゲール、オーボエはうずら、クラリネットはカッコウを表しており、まさに音楽の風景画となっている。

第3楽章「農民達の楽しい集い」 Allegro - Presto ヘ長調 3/4拍子(トリオ部は2/4拍子)
 楽しく素朴な農民の集いを踊りや田舎の楽隊を模した旋律で表現したスケルツォ。3拍子のA部で2拍子のB部を挟むというオーストリアの田舎のダンス音楽の形をとっている。切れ目無く第4楽章へと続く。

第4楽章「雷雨、嵐」 Allegro ヘ短調 4/4拍子
 本楽章のみピッコロとティンパニが加わり、楽しい村民の集いを突然襲った昼下がりの激しい驟雨の様子がリアルに描写される。低弦が迫り来る遠雷を、中高 弦・木管が怪しい風音・閃光と雨足を、全管とティンパニが激しい雷鳴と大地の鳴動を表現する。最後に再び青空が戻り、清々しく美しい田舎の情景が表現され る。終結部ではフルートの澄んだ旋律が流れ、切れ目無く第5楽章へと続く。

第5楽章「羊飼いの歌-嵐の後の喜ばしく感謝に満ちた気分」 Allegretto ヘ長調 6/8拍子
 雨が上がり、日が差し、自然への畏敬と感謝の牧歌が歌い上げられる。羊飼いの笛の音を模したクラリネットとホルンによる導入句が象徴的で、終始穏やかな雰囲気の中全曲が閉じられる。

 ベートーヴェン自身はこの曲について「田園での生活の思い出。絵画描写というよりも感情の表現」と述べています。しかし絵画的に、具体的に風景を描写す るよりも、その場面における感情が豊かに音楽に織り込まれているがゆえに、より一層私たち聴き手の心に鮮やかで生き生きとしたイメージを想起するように思 われてなりません。作曲時既に自然の音を聴く力を失っていたベートーヴェンがどのような想いでこのように素晴らしい音符をつづったのかに思いを馳せると き、私達はその譜面に改めて畏敬の念を覚え、このような名曲を演奏できる喜びで胸がいっぱいになります。
 秋の昼下がり、思い思いの田舎の情景に心遊ばせながらお聴きいただけましたら幸いです。
 

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