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第25回定期演奏会 曲目解説

ヴェルディ / 歌劇「運命の力」序曲

『運命の力』(La Forza del Destino)は、ヴェルディが作曲した28曲のオペラの中で24番目の作品で、全4幕からなるオペラです。原典版は1862年、ロシア・サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で、改訂版は1869年にイタリア・ミラノのスカラ座にて初演されました。

 

今回はチャイコフスキー中心のプログラムですが、ヴェルディによるこの『運命の力』から演奏会が始まります。実は『運命の力』はマリインスキー劇場からの依頼によって作曲され、今回の『くるみ割り人形』も、マリインスキー劇場で初演を行った、というつながりが隠されています。

 

本日演奏する「序曲」は1869年の改訂時に補作されたもので、それまでの原典版では3分程度の「前奏曲」が用いられていました。ヴェルディが改訂を行った1869年当時、すでにイタリア・オペラでは長大な序曲を演奏する習慣は廃れていたようで、実際ヴェルディにとってもこれが最後の序曲となっています。これ以降の作品、たとえば「ドン・カルロ」などでは、オーケストラピットに指揮者が登場し、指揮棒を振り下ろすといきなり幕が上がって音楽とともに劇が始まってしまい、知らないお客さんは腰を抜かしてしまいます。

 

このオペラはヒロインを初めとした主要人物のほとんどが死んでしまうという暗い暗い物語のせいか、ヴェルディの他の作品と比較すると上演機会は少なめのようです。本年4月に新国立劇場オペラで「運命の力」が上演されたのは貴重な公演であったといえます。

現在ではこの序曲だけが単独で演奏される機会も多く、特に吹奏楽ではかなり前から吹奏楽編曲版が出版されており、コンクールや演奏会などで演奏されています。ただし、この吹奏楽編曲版は半音上げて編曲されており、原典版では最初の強奏される主音「ミー、ミー、ミー」が吹奏楽版では「ファー、ファー、ファー」になっており、これを初めて聞くと何が始まってしまったのかと腰を抜かしてしまいます。

通常管弦楽版を吹奏楽版に編曲する場合は、2度下げて演奏を容易にする場合が多いのですが、この曲は途中からホ長調になるため、これを吹奏楽で使用するクラリネットやトランペット用に記譜すると#(シャープ)が6つになってしまい、日本中のブラバン中高生が腰を抜かしてしまいます。

そこでこの曲では半音上げて編曲され、その結果この部分は#一つの見た目優しい譜面となって、多くの団体に演奏されるようになったと思われます。

 

また、この序曲自体は劇中のアリアなどのメロディがオーボエやクラリネットのソロで現れ、オペラ全体を俯瞰できるようになっており、ヴェルディが作曲したオペラの序曲のなかでも最も優れた曲ともいわれています。

指揮者の清水先生は、最初の金管の強奏のあとのヴァイオリンが奏でる運命の主題を、「常に借金取りに追われているような不安な感じを」と表現されています。運命に翻弄されるヒロインに思いを巡らせながらお聞きいただければ、その趣は一段と深くなるでしょう。お楽しみ下さい。

チャイコフスキー / ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23

チャイコフスキーの代表作にして、数あるピアノ協奏曲の中でも最も有名なものの一つです。

何といっても有名なのは第1楽章の序奏部分です。吼えるホルン、楔(くさび)の如きフルオーケストラの和音、短調から長調へ劇的な転調の後、重厚な独奏ピアノの和音の上に朗々と歌いだす弦楽器…10小節足らずで有無を言わさず引き込まれる冒頭部分には、お聴き覚えのある方も多いはずです。しかし本編もそれ以上の充実ぶりで、チャイコフスキーらしい叙情性あふれる音楽の上に、華やかなピアノの技巧が全編に渡って散りばめられています。お聴きいただければ「名作」の評価が全曲を指してのものであることはご納得いただけるでしょう。

本作品が書かれたのは1875年、当時34歳のチャイコフスキーは既にモスクワ音楽院の講師を勤めていましたが、彼の作曲年代としてはまだ初期の部類に入ります。当初、友人でありこのモスクワ音楽院の院長である人物に献呈する予定で書かれました。しかし試奏段階で本人に「演奏不可能」と酷評されてしまったため、流石に近場ではやりにくかったのか、急遽国外のピアニストに初演を依頼しています。このため初演はアメリカのボストンで行われるという少々変わった生い立ちの作品です。幸い初演の結果は大好評で、この院長も間もなくチャイコフスキーに謝罪し和解、以後は何度も自ら演目として取り上げるようになったそうです。

本作品も協奏曲の例に漏れず、3楽章構成になっています。

第1楽章

上で述べた序奏から始まります。小さなカデンツァ(ソリストが単独で技巧を披露する部分)まで備えており、短いながら非常に濃い内容になっています。ちなみに序奏のテーマはここだけで使われており、曲の他の部分には出てきません(勿体ない…)。最後は金管楽器の静かな和音の中、信号ラッパのようなトランペットが現れ主部へと続きます。

主部は自由なソナタ形式。ソナタ形式は大雑把に言えば、2つの対照的な主題(テーマ)を、形を変え楽器を変え、様々に組み合わせて展開していく形式です。この楽章では ①主部に入った直後のリズムが特徴的なピアノのフレーズと、②少しテンポを落としてクラリネットで提示されるメロディー がそれにあたります。が、実はもう一つ、③弱音器つきのヴァイオリンに現れる上昇音形のフレーズ も要注目です。「ドレミドレミファ」と単品では何のことはない音階なのですが、①②のフレーズと絡みながら随所で盛り上げ役として活躍しますので探してみてください。

第2楽章

弦楽器のピチカートの伴奏に乗せて、美しく穏やかな旋律をフルートが歌いだし、ピアノをはじめ様々な楽器に引き継がれていきます。緩徐楽章…と思いきや、Prestissimo(きわめて速く)の中間部ではピアノとオーケストラの軽妙で少しスリリングなかけあいが展開されます。やがてテンポが戻り、最初のテーマを短く再現して静かに終わります。

第3楽章

冒頭のピアノが提示する激しい舞曲風の主題と、続いてヴァイオリンに現れるどこか歌謡風な主題が交互に反復されていきます(ロンド形式)。前者が激しさを増しながら繰り返される一方で、後者の主題が現れる度に響きの明るい調に変わっていき、長い展開を経て第1楽章の序奏を想い起こさせる朗々としたクライマックスに繋がる様は圧巻です。最後は短調だった冒頭の主題が長調で華々しく再現されて熱狂的に曲を閉じます。

チャイコフスキー / バレエ音楽「くるみ割り人形」 作品71 (抜粋)

「くるみ割り人形」はチャイコフスキーのバレエ音楽最後の作品であり、それぞれの楽曲はテレビやCMでもよく耳にするように大変親しまれています。バレエの初演に先立ち、1892年に演奏会組曲として初演されたことでも有名で、全体的にかわいらしい雰囲気を醸しながらも、それぞれの楽器を引き立たせるようなフレーズで満ちています。

 

第一幕は、クリスマスの夜のパーティの場面から始まります。主人公のクララはくるみ割り人形をもらいますが、夜中になり静まり返ったころ、居間でねずみの王様とくるみ割り人形の戦いを目撃してしまいます。くるみ割り人形を助けたところ、ねずみの呪いが解けてくるみ割り人形は王子の姿になりました。

第二幕では、王子に連れられてお菓子の国にたどり着いたクララを、お菓子の国の女王、こんぺい糖をはじめとしたいろいろなお菓子の踊りを見せてもらう場面が描かれています。 

おとぎ話のシーンやバレエの舞を思い浮かべながらお楽しみください。

序曲

ヴァイオリンで弾かれる軽快な主題が、クリスマス・イブの楽しい夜を思わせます。低弦が除かれた軽快なムードで、物語の幕開けとなる曲です。

マーチ
管楽器によるファンファーレ、弦楽器による跳ねるようなメロディ。子供たちが無邪気に跳ね回りおしゃべりをして楽しんでいる様子を連想させる曲です。
情景 

<お菓子の国の魔法の城>という副題がつけられたこの曲は、バレエの第2幕の始まりとなります。優雅な旋律が繰り返され、チェレスタが曲全体をより一層華やかに飾ります。

 

喜遊曲(ディヴェルティスマン)
ここから様々な登場人物の、世界各国の踊りが始まります。
”a. スペインの踊り チョコレート”

軽快なボレロのリズムでトランペットがメロディを奏でます。
“b. アラビアの踊り コーヒー”
ヴィオラとチェロの伴奏に乗せて、イングリッシュホルン・クラリネット・ヴァイオリンがエキゾチックなメロディを繋ぎます。
“c. 中国の踊り お茶”

フルートが奏でる軽快で華やかなメロディ、そして弦楽器によるピチカートが特徴的な曲です。
“d. ロシアの踊り トレパーク”

ロシア農民のコサックダンスがモチーフとなっています。力強く、そして駆け抜けるように、曲の終わりにいくに従って加速していきます。
“e. あし笛の踊り”

女羊飼いが葦笛を吹きながら踊る曲です。葦笛の音色を三本のフルートが軽やかに表現します。
“f. ジゴーニュおばさんとピエロ”
老婦人と大勢の子供たちが踊る陽気な音楽です。中間部ではピエロも登場し踊り出します。


花のワルツ

チャイコフスキーの曲の中でも特に有名なワルツです。冒頭のハープに惹きつけられ、繊細でありながらも盛大な雰囲気を感じる曲です。こんぺい糖の精たちが優雅に踊る様子が思い浮かびます。

 

パ・ド・ドゥ
バレエの最大の見せ場であるパ・ド・ドゥ。王子とこんぺい糖の精、もしくはクララが踊ります。

以下の4つの曲で構成されます。
a 序奏
ハープの音色に乗せて、チェロが情感たっぷりに歌うところから始まり、その下降音階が豊かに、壮大に広がっていきます。
b  ヴァリアシオンⅠ(タランテラ)

フルートの軽快な旋律に乗せて、王子が一人でタランテラを踊ります。
c  ヴァリアシオンⅡ(こんぺい糖の精の踊り)
次はこんぺい糖の精が踊ります。
チャイコフスキーも魅了されたチェレスタの独特で可愛らしい音色と、低い音域でのバスクラリネットの合いの手のコントラストをお楽しみください。
d  コーダ
パ・ド・ドゥの最後を飾るのに相応しい明るく華やかな曲です。こんぺい糖の精と王子が舞台上を煌びやかに舞う姿を思い浮かべながらお聞きいただければと思います。

終わりのワルツとアポテオーズ

終幕では全員がにぎやかに踊るシーンとなります。そして第2幕冒頭の明るい主題が再び現れ、フィナーレへとつながります。全ては夢の中の光景だったという演出が多いのですが、終始華やかで盛大に終わるという当時のグランドオペラやバレエの伝統を守っています。
 

コラム:くるみ割り人形と楽器

「白鳥の湖」「眠りの森の美女」とともに、チャイコフスキーの三大バレエ作品といわれる『くるみ割り人形』は、1815年にドイツの作家E.T.A.ホフマンによって書かれた『くるみ割り人形とねずみの王様』という童話が原作です。童話を元にしているため原作のイメージが子どもらしい点、またそれゆえに物語上の効果音をそのままストレートに表現する手法をとっているという点において、くるみ割り人形は他の2作品とは少し異なった趣きになっています。例えば時計の音や鉄砲の発射音などを楽曲の中に取り込んだことで、単なる伴奏ではなく音楽そのものが意味をもったリズミカルなドラマになっています。

ここでは一般的な演奏会では見ることにできない楽器や、象徴的な楽器に注目し、チャイコフスキーが曲にこめた思いをお伝えできればと思います。

 

ハープ

オーケストラの特殊楽器としてまず思いつくのがハープ。まず第二幕の始まりを飾るNo.10 「情景」では、ハープのアルペジオにのって希望と幸福に溢れたメロディが、クララと王子がお菓子の国の魔法の城にたどり着いたシーンを表します。No.12「花のワルツ」の冒頭では、オーボエの序奏に導かれてハープのカデンツァが華麗に奏でられ、いつも伴奏に回っているハープが主役になる瞬間が訪れます。また、一番の見せ所のNo.14「パ・ド・トゥ」では2台のハープが劇的な場面を盛り上げます。

 

チェレスタ/アルモニカ

No.14「パ・ド・トゥ」c(こんぺいとうの精の踊り)では、チェレスタが不思議な雰囲気をかもし出しますが、チェレスタという楽器を初めてオーケストラに取り入れたのは、まさにこの『くるみ割り人形』と言われています。当時この曲を作曲中だったチャイコフスキーは、「こんぺいとうの精の踊り」でメロディを奏でる楽器に苦慮していました。バレエでは「こんぺいとうの精」は広いホールの中、冷たい輝きの中で、ゆっくりと静かに踊るのですが、その感じにマッチした楽器がなかなか見つからなかったのです。

 

アメリカへ演奏旅行に行く前にパリの街を歩いていたチャイコフスキーは、イタリア語で「天国的な」という意味を持つチェレスタ(celesté)の音を耳にしました。彼自身はすぐアメリカに行かなくてはいけなかったので、急いで母国ロシアにいる親友のピョートル・ユルゲンソンに手紙を送り、チェレスタを1200フラン相当で買ってほしいと頼みました。手紙には『だれにもこのチェレスタを見せないでほしい、特にリムスキー=コルサコフやグラズノフに見せてはならない。これは絶対に私が最初に使うから』と書かれていたそうです。

 

また、一説では、「こんぺいとうの精の踊り」の草稿の段階では、「天使の楽器」と形容されるアルモニカという楽器を想定して書かれていたという説もあります。子どものころ、水を張ったグラスのふちをなでて音を出して遊んだことはありませんか?アルモニカはこの原理を使い、直径が異なるお椀状のガラスを買い展望に突き刺して回転させ、水で濡らした指の摩擦で音を出す楽器で、ベンジャミン・フランクリンが発明したといわれています。

どちらの説にせよ、こんぺいとうの精が踊る様子を表すために、チャイコフスキーが特別な楽器を求めていたことがうかがえますね。

 

続いての楽器は、「葦笛」です。アーモンド菓子の精でもある女羊飼いが葦笛を吹きながら踊る「葦笛の踊り」は、別名『フランスの踊り』とも言われます。背の高いイネ科の植物の葦は、茎の中は竹のように空になっていて笛として加工するのに都合が良く、また南フランスに広く分布していますが、フランスでは葦で作った笛(葦笛)を「ミルリトン(Le mirliton)」と呼んでいることがこの曲が『フランスの踊り』と呼ばれるゆえんです。オーケストラの曲では、葦笛の響きはフルートで表現されていますが、クラリネットやオーボエ、サクソフォーンなどに用いられるリードは、まさに「葦(英語でReed/リード)」のことを指しています。

 

番外編)ラチェット

本日の演奏会は取り上げませんでしたが、第一幕の「情景」の場面で、真夜中にくるみ割り人形を取りに行ったクララの前で人形が動き出すときの音を表すため、ラチェットというおもちゃのような楽器が利用されています。歯車をハンドルで回して音を出すタイプと、ハンドルをつかんで全体を振り回して音を出すタイプがあり、打楽器の一種としてムソルグスキーの展覧会の絵(ラヴェル編曲版)、レオポルド・モーツァルトのおもちゃの交響曲などにも利用されています。

 

チャイコフスキーの祝典序曲「1812年」では、曲のクライマックスに「大砲」という指定がありますが(通常はバスドラムで代用されることが多い)、チャイコフスキーが様々な楽器をつかって鮮やかに曲を描いていったことが感じ取れます。本日の演奏でも、くるみわり人形で登場する様々な特殊楽器にぜひ注目してみてください♪

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